親と子どものエトセトラ
私の恋人
とこちゃんWEB担当、浅野です。
別れあり、出会いあり、の季節、「春」が着々と近づいてきています。
この季節は学生時代の卒業の思い出と共に、「ああ、あんな恋をしていたな」とか、「そう言えばあの人、どうしているかしら?」なんて思い出したりする季節ですよね。
最近、毎晩子ども達を寝かしつけ、寝顔を見ながら伝える一言があります。
「今日も大好きでした」。
そう言って、ひとりひとりの頬や頭をなぜなぜして、寝室を去り、家事を再開しています(時々そのまま眠ってしまい、夜中に「はっ」と気が付き、のそのそ起き出す事も。はたまた早朝までそのまま寝てしまうことも)。(^_^;)
このフレーズ、aikoさんの「シアワセ」という曲に出てくる歌詞なんです。
この曲は恋人への想いを歌った曲なのですが、最近改めてこの曲を聞き、「子どもへの思いそのものだな~」と感じ、特に「新しい明日に繋がる想い”今日も大好きでした”」というフレーズを聞いた時、涙が出るような思いで、
「そうだ!毎晩子ども達に”今日も大好きでした”と言える毎日だったらそれでいいんじゃない?」と思ったのです。
曲の冒頭に、「隣で眠ってるあなたの口が開く そして笑った」とあるのですが、
子どもを寝かしつけていたり、お昼寝している寝顔を見ていたりすると、時々「フフフ」とか笑うこと、ないですか?
「隣で手を繋いだあなたの左手少し汗をかいてた」→子どもの手って汗ばんでいたりしますよね(笑)。
また、「いつから知ってたの?あたしの強い所 弱い所
黙って見ててくれたあたなと同じ青空に出よう」とあるのですが、子どもって、親のことをとても良く見ていて、知っていて、でも、それを言葉にしたりすることなく、こう・・・、許してくれていたりするようなところ、ありますよね。
そして、「同じ青空に出よう」!というフレーズで、一緒に公園や、海や、山や、野原に、手を繋いで飛び出していくような、そんな姿が思い浮かびました。
「二人周り流れるストーリー 生きてく為に泣くこともある
それがあたしを強くするならば これも一番の幸せなんです
二人何処かで廻るストーリー 生涯離れてしまっても
あなたの一歩になるならば 幸せに思える日が来るのです」
このフレーズ、対恋人としての思いなら、個人的には「重い」と思ってしまいますが(苦笑)(^_^;)、
対子どもへの思いだとすると、私、「ほんと、そうだわ~(LOVE)」と思ってしまったのです。
我が家は双子なので、行動では、子どもと二人で、ということはほぼ無いのですが、でも、何人子どもがいても必ず、ひとりひとりに接しているはずなので、例えば我が家の場合、私と女児、私と男児、という「二人で廻るストーリー」があるんですよね。
そして、辛くて、悲しくて、気持ちがごちゃごちゃになって、泣くこともあるけれど、母となった自分は着実に強くなっていると思います。そして、それは、幸せなことと感じます。
どうですか??
そして、ちょっとくだらない質問になっちゃうかも知れないけど・・・、と思いつつ、よしこ先生にこの歌詞を伝え、「恋人を思う気持ちと、子どもを思う気持ちって、似ていると思いませんか?」と話してみました。
「似てますよ~」とよしこ先生。
そして、「特にママが男の子を思う気持ちは、恋人を思うような感じですよね」と。
「女の子だったとしても、恋人を思うように子どもを思っていいと思います」とのことでした。
子育ては恋愛に似ているところがあるんですね。
子どもが生まれて、出会う。
それが一目惚れ的なものであっても、お世話がスタートしてからでも、「愛おしい」という気持ちがそこに生まれる。
この人の為にあれもしよう、これもしよう、と思う。何もかもが新鮮な時期。
「おっぱいが欲しいのね」、「あ、笑った♪」、「や~ん、こんなことも出来ちゃって、スゴイ!」、「この顔、やっぱりステキ」
そして、時が過ぎると、恋は熟し、子育ても熟す。
生まれて来た時は、「もお、かわいーーー」ばっかりだったのが、だんだんお互いの事が分かってきて、
いいとろこも、ちょっと困ったところも見えてくる。
更に、2歳過ぎた頃から「イヤーーーーっ」なんて言われるようになり、「何、なに、何、これは!!」なんて思うようになる。「もう、イヤーーーっ」とママだって思っちゃうこともある。
「一喜一憂しながら・・・、でもいつでも夢中なんですよね」とよしこ先生。
(ふふ、よしこ先生の恋愛はいつでも夢中なのかしら・・・?)
嬉しいことに、この恋は、決して片思いではないのですよね。
子どもも、ママに恋をしていると思います。そして子どもからの親への思いも熟していくのです。
そして、本当に小さいうちから、「ママを喜ばせよう」、とか、「ママが笑ってる!嬉しい」とか、思ってくれているの、分かりますよね・・・。そして、時に、「あ、今私のこと”めんどくさい”と思っているかも」とか察することも出来るようになりますよね。
そこで、ふと思い立ち、「恋人を思うのと、子どもを思うのと、明らかに違うところがあるとしたら、どこだと思いますか?」とよしこ先生に聞いてみました。
私は、似ているけれど、やはり違う部分は必ずあると思い、その一つに「責任」があるかな、と思っていました。
恋人の人生に責任は無いけど、子どもの人生には親として責任を持たなければならないと思います。
「見返りを求めない、すかね・・・。恋人には両思いを求めるけれど、子どもに対してはそんなこと求めるまでもなく思い続けるから・・・」とよしこ先生。
「おお~、そうだね!」と、浅野、納得。
子どもが自分を好きでいてくれれば嬉しいけど、でも、子どもに対して「見返り」を求めることはないですものね。
そして、よしこ先生、こんなことも言っていました。
「我が子が息子だったら、私どうなっていたか・・・。もう、メロメロのダメ母だったかも知れません」ですって。
ラブラブでいいんですよ、ラブラブで。
そのラブラブな思いがあるから、子どもは人を愛せるようになるのだと思います。
私は今夜も子ども達の寝顔に「今日も大好きでした」と小さな声で伝えて、寝室を出ると思います(寝落ちするかも知れませんが)。(^_^;)
この一言を言うと、「ああ、今日も子ども達頑張っていたな、ありがとう」、と思えますし、「本当はこういう思いだったのかも知れない・・・」など、子どもとの出来事を振り返ることが出来ます。
浅野には、とっても良い習慣になっていますので、もし、よろしければ一度やってみてはどうでしょう?