親と子どものエトセトラ
「今日ね、イスを投げたんですよ・・・」
とこちゃんWEB担当、浅野です。
少し前に、「寂しいの!」心の叫び?で我が家の男児が「寂しいの!」と叫び、泣いたことをよしこ先生に相談した時、「そうそう、そう言えば・・・」とよしこ先生に聞いてもらったエピソードがありまして・・・。
今回は、その話しをしたいと思います。
よしこ先生に、「寂しいの!」の一件について話しを聞いてもらう前日のこと。
バタバタと双子の迎えに行ったところ、担任保育士から、
「今日、K君がイスを投げたんですよ・・・」と言われたんです。
先生の話しによると、それは、クラスみんなで席に座り、何かを始めよう、という時のことだったそうで・・・。
「イスを持ってきて座りましょう」と全員に声をかけ、それまで遊んでいたおもちゃを片づけ、それぞれテーブルの周りにイスを持って集まるように促していたそうです。
双子の女児、K子は「はーーい!!」と、まあ、素直に片づけ、イスを持ち、好みの場所にイスを設置&着席。
他の子ども達も次々と着席。
その間、双子の片われ、男児、K君は片づけもせず、ふざけていたそうです。
「K君、K子ちゃんのお隣じゃなくてもいいの?みんな座ってるよー」と何度も先生が声をかけたそうですが、
ふざけまわっていたそうで・・・。
そうこうしているうちに、K子の隣は他のお友達がどんどん着席。
当然のことながら、隣には座れず、遠く離れた場所しか座れなくなってしまいました。
すると・・・
「お隣が良かったのにーーーーー!!!」と怒り爆発!
すごい剣幕で怒り、自分のイスをドカーンと投げ飛ばしたそうです。
※イスは、とこちゃんにあるような小さな幼児用のイスです。
「!!!!!!」母、びっくり。
「誰も怪我しませんでしたか!!!」と、先生に尋ねました。
「それは、大丈夫でした」と聞いて、ホッと一安心。
男児は、担任の先生に抱きかかえられ、一旦別室へ。
「お隣が良かったのは分かるけど、イスを投げたらいけない」と叱ってくれたそうです。
この件をよしこ先生に話してみると、
「もう、相っ当、隣が良かったんでしょうね」、と。
確かに!(「相当、隣が良かった」、なんて男児の感情、浅野、考えていませんでした)。
「自分が遊んでて、座られてしまって、自分自身に腹が立ったんじゃないですか?ふがいなくて、悔しくて、そうなってしまったのかも・・・」、とのこと。
そして、「爆発したからって、いつも我慢している訳ではないと思います。たぶん、K君は、二度と同じ場面で油断することはないんじゃないですかね・・・」と。
(*^_^*)
「・・・そう言えばね、」と話してみて本当に良かった、と浅野、思いました。
母としては、まず、イスを投げた事に驚き、「何故そこまでの行動になったのか」という原因を想像出来ていませんでした。また、「もしかして、何かため込んでいるのかな?」とちょっと心配に思っていたので、よしこ先生の「いつも我慢している訳ではないと思う」という言葉に、ひょい、っと救われました。
「自分自身に腹が立った」なんて、我が子ながら、何だかスゴイ(表現方法は良くないけれど)。
いっぱしの大人のようです。
また、この一件が起こった日は、男児の大好きな先生が他のクラスに入っていて、一日中居なかった日。
よしこ先生にこのことを伝えると、「ああ、もしかしたらいつもはその先生がK君の気持ちを上手にくみ取ってくれているのかも知れないですね・・・」と。
環境や感情が混ざり合って、男児の「イス投げーーーっ!」につながってしまったんですね・・・。
子どもってホント、敏感なんだなぁ。
そして、先日お伝えした、「寂しいの!」心の叫び?のエピソードも含め、
「”悲しい”とか”寂しい”とかって、なかなか言えないですよね。言えないのは、辛いし、大変です。だから、言ってもいいんです。双子とか、きょうだいがいたりすると、”この子だけを見ていないから・・・?”とか思ってしまいがちですけど、寂しいわけではないと思います。だって、双子で同じクラスなんですよね?いつでも家族が一緒なんて、恵まれていますよ!それに、言葉を使いながら感情を出せるって事は、子育て成功なんじゃないですか?だから、いいと思った方がいいですよ!我慢されるよりずっといいです。」と話してくれました。
そう言われてみると、感情と言葉をリンクさせて表現することが出来るって、確かにスゴイ。
寂しい、と言えること。
悲しい、と言えること。
悔しい、と言えること。
大人は色々な事情があって、こうした言葉を言えなかったりしますが、でも、本当は言いたい時、吐き出したい時、沢山ありますよね。
もし、子どもが大人と同じようにこれらの感情を我慢しているとしたら・・・。
あの小さな体ではあまりにも辛すぎます。
表現方法はさておき、いわゆるマイナスとも言える感情でも表に出せることはいいことなんだな、と思いました。
そして、思い出しました。
以前、私が双子に、「怒っている人は、心で悲しんでいるんだよ」と話したことがあることを。
だから、もしかしたら、K子の隣に座ることが出来ずに、K君は悲しかったのかも。
怒りの根底には悲しみや悔しさ、ふがいなさがあったのかも知れません。
やっぱり話して良かった!
それにしても、ホント、あんなに小さいのに、ふがいないって・・・。(^_^;)
いや、言葉がしっくり来ないだけで、こうした感情はあって当然。
人の成長を見守るって、ほんと・・・、一筋縄ではいかないですね。